命の次に大切なもの、それはお金ではなかった。

子供の頃からずっと勘違いしていた。

命の次に大切なものは、お金であると。

お金があれば、人生は開け、幸せになれるのだと思っていた。

けれど、それは間違いだ。

命の次に大切なもの。

それは、時間だ。

ここまで読んで、ああー、なるほどね、確かにねと思えた人は、ここから先を読む必要は無い。すぐにぼくのブログの他のページを見に行くとか、時間を有効に使うべきだ。(タブを閉じたりはしないでほしい)

子供の頃の、いや、最近までの自分が勘違いしていたように、お金の大切さばかりに執着してしまって、短い人生を損してしまう人が、いかに多いことか。

お金は確かに大事だ。お金が無ければご飯が食べられないし、好きなことだってできない。

でも、お金の価値を最も優先順位の高いものとして設定してしまうと、お金を生み出すためにさらに貧しくなるという逆転現象が起きてくる。

極端な例を出す。

2枚重ねのトイレットペーパーを剥がして、もう一度芯に巻き直す。そうすると、トイレットペーパーは2つに増える。トイレットペーパーの代金は割る2をして半分になるというわけだ。

確かにお得だ。

でも、トイレットペーパーを2つにする時間を使って、何かできなかっただろうか?持っている資産を増やすための勉強はできなかったか?インターネットでできる仕事を探せたのではなかったか?あるいは、何もしないという選択もできた。ただぼーっとする時間も、作業効率を高めたり、ストレスを解消するために役立っているのだ。

上の例に出てきたトイレットペーパーのように、目に見えるものが増えているならまだいい。残念なのは、節約家の人々が時間という目に見えないものの価値に無頓着でいることだ。

時間には価値がある

例えば、仕事帰りに仕事の付き合いで毎回同じメンツと、同じ話をするために飲み屋に行く人々。あるいは、お金を使うまいとして人間づきあいを断ち、更に孤独に陥ったりする人々。

多くの人は、飲み会に払うお金がその飲み会の楽しさ・有意義さに見合うかどうかばかりを気にしている。しかしそれ以上に、飲み会に費やす時間が、明日以降の自分の生活を豊かにしてくれるのかどうかが大切なのだ。飲み会以外の時間の使い方をした方が良い結果が出ると考えられるなら、その飲み会は断るべきなのだ。

日本人は現金が大好きだ。外国に比べて、現金決済の割合が高いという結果が出ている。これは、戦後日本の現金決済インフラの普及によるものだ。

しかし、未だに現金を多用する人々は、支払いの時や、財布にいくらはいっているのか調べるとき、お金を数えるという手間を発生させている。財布の中に小銭が溜まってきたらどうやって使い切るか考え始め、札束が減ってくればATMに行く。このように、実際にお金が減っていなくても、お金を守る為に、より上位の大切なものである時間を減少させていることに自覚的でいられる人はあまり多くはないのだ。

さいごに

今回は、お金という尺度よりも、時間という尺度のほうが大切、ということを書きました。

正直まだまだ荒削りの考え方なので、このブログを通して考え方を深めていきます。

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ABOUTこの記事をかいた人

上海を中心に、中国関連の気になる出来事を発信しています。時々関係ないことも書きます。学生時代に上海留学。現在は日本で会社員生活。いつか中国で書きたい。91年生まれ。