鬼の住む世界を、もう一度。(あちらとこちらの間に小説は生まれる。)

思えば現代人は、こちらの世界とあちらの世界という想像力を、失いかけているようだ。

しかしこのところ、想像力の大きな人々は、もう一度その世界の境界線を見つけようとしているように思える。

現代社会は、明るすぎてとかくに住みにくい。

答えなどない世の中に、ライトを浴びせて、見えないものなどなくしてしまおうと画策している。

何もないところに光など当てても、何も見えやしない。

挙句に疲れて首を吊る。

「鬼」とはもともと、人を食う恐ろしい怪物ではなかった。

「鬼」とは死者の魂である。

あちらの世界の人々が、こちらに渡ってきて「鬼」として姿を表わすのだ。

こちらの世界とあちらの世界、その呼び名はなんでもいい。「昼」と「夜」だっていいし、「表」と「裏」でもいい。

境目の曖昧な部分に、人の想像力は宿るし、そこに人々の救いがある。

ずっと昼の世界では、疲れてしまうよ。その裏側には、ホントは夜の世界があって、ときに昼の世界に驚くべき影響を与えるのだ。

こちらの世界とあちらの世界をつなぐものは、例えば長いトンネルだったり、太陽が沈むその瞬間だったり、川にかかる橋だったりするのだけれど、「こちら」と「あちら」がつなぎやすい場所(あるいはそのような想像を掻き立てる場所)というのはあるようだ。

それが、「尾道」という街である。

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上海を中心に、中国関連の気になる出来事を発信しています。時々関係ないことも書きます。学生時代に上海留学。現在は日本で会社員生活。いつか中国で書きたい。91年生まれ。