「ベンチャー個人」乱立時代を生き抜く方法

「好きなことで生きる」時代

ここ数年で、「個人として生きる」ということが脚光を浴びています。

そこにはYoutuberの活躍が大きいですが、Youtuberだけでなく、ブロガーや「メルカリ」、投資での成功事例が増えていることがあります。

インターネットの発展と、サービスの多様化によって、人々がお金を稼ぐ手段も生まれてきたわけです。

インターネットの発展によって、今までならテレビや新聞、雑誌といった、いわゆるオールドメディアに取り上げてもらえずに、埋もれてしまっていた才能ある人々が、日の目を見ることが出来るようになりました。

同時に、消費者としての私たちは、オールドメディアがいかにつまらなく、古臭く、嘘だらけであることを知ることになりました。

こうして今や、「個人として生きる」ということはひとつの流行になりつつあります。

「個人」と「個人」が生み出す、人的・経済的ネットワーク

個人と個人が紡ぎ出す人的ネットワークとお金の流れは、とても有機的で、緩やかなものです。

才能ある人の周りには、力強いつながりが生まれますが、その一方、ネットワークから漏れてしまうと、厳しい現実が待っているのが現状。

対して、旧時代の組織と組織が作り出すネットワークは、硬直化しがちです。

ネットワークをつなげたり、切り離したりするたびに、膨大な事務作業が発生してしまう。

事務作業やら費やす時間は、多くの場合「無駄」でしかないのですが、その無駄のおかげで「安定」は生まれ、旧時代の人々は「安心」を会社から与えられて来たのでした。

「個人の時代」は、才能ある人に新しい生きる術を発見させた一方、「個人の時代」にネットワークの作り方を知らない人には、非常に厳しい時代と言えます。

「個人」の時代に必要なこと

これからの時代は「個人」のゆるやかなネットワークが、小さな経済圏を生み出し、たくさん集まって「安定」を形作っていく。

「小さな経済圏」とはいうものの、「旧時代」を生きてきた人々にとっては、「小さな経済圏」を作ることすら難しい。

ちょうど、江戸幕府が崩壊して明治の時代がやって来たとき、それまで既得権益だった武士たちの商売がことごとく失敗したように。

では、「旧時代」を生きてきた私たちは、どうしたら「新時代」を生きられるようになるでしょうか。

答えは、とてもシンプル。

「やってみなはれ」、

これに尽きる。

この「やってみなはれ」という言葉は、サントリーの創業者、鳥井信治郎の言葉です。

僕なりに解釈すると、「とにかくやってみて、失敗するしかない」ということなのです。

僕も今までの人生で、運のいいことに中国への留学とか、このブログの開設とか、いろんなことにトライすることができました。

周りの友人と自分を見比べて、落ち込むことは良くあるけれど、でもやってみなかったら、今の自分はない。

僕はYoutubeが好きでよく見ているのですが、多くの人が投稿を始めては辞めていく。

それは傍から見ていれば「失敗」であり、もしかしたら投稿者自身もそう思っているかもしれないのですが、僕から言わせればそれは失敗なんかじゃない。

やってみて、失敗して、ちょっとうまくいく、その繰り返し

「個人の時代」に、必要なのは、とにかくやってみること。

ネットワークを生み出すことができれば、そこにお金の流れも出来る。

最初はごく小さなネットワークを、たくさんつなげて、大きくしていく。

やってみて、うまくいく人もいる。うまくいかない人はもっといる。

「うまくいかなかった」という経験は、必ず「次」に生きる。

一番の大きな失敗は、何もしないまま人生の終わりを迎えることです。

 

目指すべきこれからの社会

「個人の時代」に社会をもっとより良くするには、「とにかくやってみる」を試せる基盤が必要です。

簡単に言うと、「お金の余裕」と、「時間の余裕」が必要。

●「お金の余裕」について

「個人」の時代には、そんなにたくさんのお金が必要なわけじゃありません。

ほんの少し、やってみたいことをやれるだけのお金。

例えばちょっとしたお店をネットでオープンするのなら、商品の原価と梱包のための包装紙、そして配送料。

企業に務めている人ならば、なんとかやりくり出来るかもしれません。

しかし、どこにも属さず、実績もない人には、それすら難しいかもしれない。

お金を集めることのハードルをもっと下げていくべきです。

お金は余っているところには充分すぎるほどに余っているのです。

例えば10万円集めるなら、10万人から1円づつ集めればいい。

インターネットの世界では、それは不可能ではないはず。

●時間の余裕について

「個人の時代」を生きたいなら、「やりたいことをやってみる」ための時間的余裕が必要。

もしやってみたいことがあるのなら、「長時間労働」は選ぶべきじゃない。

ただ、長時間労働して働いて、お金を稼いだり、その会社で経験を積みたい人だっているのです。

必要なのは、「個人」が働き方を選べるということです。

その会社がどんな会社なのか、外側から見えるということと、辞めたければすぐでも辞められる社会であること。

それは個々の会社の努力でなんとかするのは難しい。

現状、多くの企業で労働者が不足しているわけですから。

機械化を促し、生産性をあげることが必要でしょう。

つづく

「個人」の時代は、もう始まっていて、たくさんの人が「やってみる」を始めています。

ただ、「個人の時代」はまだ始まったばかりで、現状、日本の社会のセーフティネットは「会社」という組織に属していたり、「公務員」であったりすることを前提に作られています。

これからは、「個人」と「個人」がくっついたりはなれたりしながら、小さな経済圏を回していく、そんな社会ができてくるでしょう。

それに対応した社会システムが必要だし、「個人」はもっとお金のことや「個人」として生きるための方法論を知っておくことが必要です。

まだ書ききれないほど書きたいことがあるので、また機会があれば書こうと思いますのでよろしくおねがいします。

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ABOUTこの記事をかいた人

上海を中心に、中国関連の気になる出来事を発信しています。時々関係ないことも書きます。学生時代に上海留学。現在は日本で会社員生活。いつか中国で書きたい。91年生まれ。