あなたの当たり前は、私の知らない当たり前

今回は、「あなたの意見を発表して欲しい」という思いを込めて書きます。

結論はこういうことです。

「情報社会の海で、誰かの意見を読んだり聞いたりするだけでお腹いっぱいにならずに、ぜひ、あなたの意見を聞かせて欲しい。テレビや新聞で力を持っている人の意見だけじゃなくて、あなたの意見が、僕や誰かの意見を作るきっかけになるから。」

誰かの意見を聞くのは、とても楽しい

誰かが書いた文章を読む時、新たな発見があって楽しいですよね。

誰かの書いた文章が、自分の知らなかったことを教えてくれたり、自分の意見や考えを代弁してくれるものであったり、逆に自分の考えていたことと違っていて、ぼんやりしていた自分の意見の輪郭を露わにしてくれることもあります。

「読むのが好きだ」という人は多いです。

でも、自分で書こうとする人の数は、それほど多くはありません。

たいていの人は、自分には書くほどの意見もないと思っているからです。

どこぞの偉い学者さんや、ブロガーや、新聞社の論説委員や、テレビのコメンテーターが、意見を述べるのを読んだり聞いたりすると、なんだかそれだけで自分が賢くなった気がして、それ以上に自分の意見を積み上げる気も起きないのです。

あなたの当たり前は、私の知らない当たり前

でも本当は、あなたが当たり前と思っている考えの中に、他の誰かに気づきを与えてくれるものがあります。

あなたは他の誰でもないあなたの人生を歩んできたのですから、それは当然のことです。

だいたいの意見の方向が同じに見えても、あなた自身の人生体験に裏付けされたあなたの意見は、読む人に気付きを与えてくれます。

あなたが自分の意見を取るに足りないと思っていても、本当はとても重要なのです。

当たり前だと思っていたことに気が付くために

僕は地方出身なので、話す言葉の中に方言が混じることがあります。

地方出身者は、上京したり、他の方言が話されている場所に行って初めて、自分の当たり前に使っていた言葉の中に、他の人が使わない言葉があるのを知るんですね。

自分が常識に思っていたことが、実はそうではない、ということは往々にして起こり得ます。

方言の例えでいうならば、それは言語学的な小さな発見ということになるのですが、

あなたが普段何気なく考えていることは、実は誰かにとっては考えもつかないことだったりするんですね。

書くというのはしんどい作業

でもいざ、書こうと思っても、書くという作業は、ひじょ〜にしんどい作業です。

その面倒くささに嫌気が差して、たいていの人は「自分には書く才能がないんだ」と考え、書くことをやめてしまいます。

書くことは確かにとっても面倒くさいです。

でも、上手い下手の程度こそあれ、文章を書くということは、努力すれば誰にでもできることです。

例えるなら、子供の頃の自転車の練習に似ています。

練習せずに、いきなり乗りこなすのは大変です。

もしかしたら、書くことの才能に恵まれた人がいて、書きたいことがスラスラと流れ出てくるような天才もいるのかもしれませんが、僕はそんなタイプではないので、ここでは僕のような凡人について取り上げていきます。

僕のような凡人が、文章の何に困るのかというと、

●書いている内に、自分が何を言いたいのか分からず、こんがらがってくる

●言いたいことを論理的に書く道筋が分からなくなる

●文と文の間の飛躍をどう埋めたらいいか(どこまで説明すべきか、どこを省くべきか)

●読者が読みやすい、日本語の特性を捉えた長さやテンポ

僕自身、上記のようなことに毎回苦しめられながら、文章を書いています。

長い文章を書こうとすればするほど、そのハードルは上がっていきます。

それでも、生みの苦しさを体験するうちに、少しずつ自分の意見を伝えることがうまくなってくるものです。

当たり前をあぶり出す、言語化という作業

あなたの当たり前を表現することは、あなたにしかできません。

でも、自分の当たり前に自分で気が付くというのは、とてもむずかしいことです。

方言のたとえで言うならば、他の方言の話者と話して初めてその違いに気が付くことが出来ます。

他者との違いを知るためには、他者との接触が不可欠です。

何かを書きたいのであれば、まずは書きたいことについて詳しくなる必要があります。

詳しくなる過程で、誰かの書いた文章に触れるでしょう。

それらを読んでいるうちに、自分の意見の輪郭が見えてくるものです。

ある程度ぼんやりしたものが見えてきたら、後はとにかく書いてみましょう。

どんなに偉い先生が言っていたことと違っていても、勇気を出して書いてみよう。

他の人と違う視点の中に、あなたの文章の価値が生まれるのです。

あなたも、今日から書いてみて

僕自身も、ずっと自分には意見が書けないと思っていました。

ネットや現実世界に落ちている、できるだけ手垢のついていないことを紹介するだけで満足していました。

でも、その過程って、じつはあんまり自分の頭を使っていなかったんですよね。

自分のやっていることは、結局テレビの情報番組の真似事でしかなくて、何も生み出せていないような気がしたんです。

この文章が、誰かにとって有意義かどうかは分かりませんが、とにかく自分の頭を使って書くこと、生みの苦しみを味わうことを積極的にしていこうと思っています。

ぜひ、これを読んでくださっているあなたも、誰かの意見や考えを受け止めるだけではなくて、考えること、発信することを始めてみませんか。

そうして、自分の頭で考える人が増えたら、少しでも社会は良くなるような気がするのです。

ぜひコメントをお願いします!

ABOUTこの記事をかいた人

上海を中心に、中国関連の気になる出来事を発信しています。時々関係ないことも書きます。学生時代に上海留学。現在は日本で会社員生活。いつか中国で書きたい。91年生まれ。